老人は過去に生きるしかない

人と比べることに意味はない

社会に出て初めての給料が支給された。
給料袋を開いてみると、1万円札が1枚、千円札が7枚とあと小銭が入っていた。

研修の時に支給された給料が1万9千円余だった。それを期待していたので、現実の支給が少ないことに愕然とした。明細を見る。昼食弁当代1500円、親睦会500円が差し引かれていた。自分の食べた昼食代が引かれているのは当然なのだが、それでもショックだった。

その日の夜、アパートの家主が家賃の集金に来た。8000円なりである。
支給された給料17000円から8000円を支払うと残りが9000円。これで1ヶ月を食っていかなければならない。ただ、現実に自分が物を買い、自分が支払いをするという生活は未体験である。いくらで生活できるかなど、まだ分かってはいなかった。

「三十までに生活の基盤を固める」
これが社会人になっての私の目標であった。金を貯める、金さえ貯めれば自信をもって生きられる。当面の目標は「年収分を貯める」、私の頭にあったのは、ただこれだけであった。

研修のときの給料をまだ1万円残していた。これにプラスして毎月2000円は貯金すると決めた。
これで1ヶ月の生活費は7000円となる。

1ヶ月生活してみて厳しいことが分かった。
生活費がオーバーしそうになると、味噌だけがおかずと言う日が続いた。銭湯も1週間に1度と倹約した。春先は、長良川の堤防に出て、つくしを摘み、フキノトウを摘み、野生の菜の花を摘み、、、これをおかずとすることで生活費を浮かせた。また、イナゴやバッタを捕まえて佃煮として保存もした。

こういう生活を苦とは思わなかった。
小学生の頃の我が家は、こういう生活をしていた。私たち子どもは、山菜を採ったり、山芋を掘ったりと、遊びの中で家計を助けていた。働き始めても、、、、生活する、、、食っていくとは、こういうものだと思っていた。

そうして半年が過ぎ、ボーナスが支給された。
このころ同期生の一人から連絡が入った。「ボーナスが出たから一度会おう」という話だった。みんなまだ19歳と未成年だから場所はレストランを兼ねた喫茶店だった。

私はそんな場所に行ったことはない。気乗りはしなかったが、あまりにもしつこく誘うので仕方なく参加を決めた。集まったのは女子2人を含む8人。みんな岐阜市内の出身、いわゆる町の人間である。

結論を言えば、生まれて初めて屈辱感を味わった、、というしかない。

出されたのはサーロインステーキ。当然、フォークとナイフである。
田舎者の私には、使い方も分からない。仕方なく、みんなのするように真似をする。だが、フォークの背にご飯を載せるというのが上手にできない。みんなは慣れた手つきで、フォークの背にご飯を載せてパクパクと食べる。

そして話題と言えば、、、彼女はできたか、、とか、、どんな車を買う、、とか、、夏休みはどこへ旅行する、、、とか、、、ギリギリの生活で生きている私には考えたこともない遠い世界の話である。

誰かに馬鹿にされたわけでもない。非難を受けたわけでもない。
だが、私は地獄の底に叩き落されたくらい惨めな心境でアパートに帰りついた。

アパートの布団の中で、いろいろと考えた。
世の中は理不尽なものだ。
同じ給料をもらい、同じ仕事をしているのに、その生活は天と地ほどの違いがある。

こうしていろいろと考えている時に、祖父に言われた言葉を思い出した。
「ウジ虫に生まれ落ちたヤツは、きれいな蝶々になりたいと願っても、死ぬまでウジ虫」
「幸せになりたいなら、ウジ虫として精いっぱい生きることしかない」

いままでは漠然と、そんなものかと聞いていたが、きょうのことは、これですべて納得できると思ったのである。

同じ人間が、同じ試験を受けて、同じ仕事をし、同じ給料をもらっても、、、
町に生まれた人間は、家賃の8000円を自由に使える。さらに食費も必要ない。

山に育った私に自由に使える金などないが、町に育った彼らは19000円すべてが自由に使える金なのだ。

「人間は能力や努力で差が付くのではない、生まれたときに、すでに差は付いているのである」
「人それぞれに生まれ育ちに差がある以上、人と比べることに意味はない」


このときの屈辱感の中で、私の人生哲学は生まれたのである。


  1. 2017/01/26(木) 22:35:40|
  2. 影響を与えた言葉
  3. | コメント:2
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コメント

お話と「人間は能力や努力で差が付くのではない、生まれたときに、すでに差は付いているのである」という言葉で心にグサッときたのでコメントしました。

いつも見させて頂いています。
ありがとうございます。
参考になりました。
  1. URL |
  2. 2017/01/27(金) 20:34:08 |
  3. 菜食 #-
  4. [ 編集 ]

>>誰かに馬鹿にされたわけでもない。非難を受けたわけでもない。
だが、私は地獄の底に叩き落されたくらい惨めな心境でアパートに帰りついた。


なぜ男の私が
失礼ですが)諏訪様を好きか分かりました。 同じだからです。
ご自愛を
  1. URL |
  2. 2017/01/28(土) 13:55:16 |
  3. HARRY #tHX44QXM
  4. [ 編集 ]

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