老人は過去に生きるしかない

堂々と自信をもって生きよ

昭和45年4月1日。
研修を終えて配属先である岐阜北警察署に着任した。

着任の挨拶に辞令書をもって署長室に向かう。総務の係長が「署長は不在だから庁舎内でも見学していてくれ」と言う。署長に会わなければ、どの部門で仕事をするのか分からない。仕方なく、2階、3階と見て回る。

老朽化した木造庁舎の床板がギシギシ軋む。ところどころに踏み抜いたような穴が開いていた。

3階に上ったところの廊下で、作業服を着た一人の老人が床板を張り替えていた。
近づいていくと、、、「気を付けて歩けよ、怪我をするぞ」と言う。つっ立ったまま作業を眺めていた。

すると、、、「ヒマなら手伝ってくれよ」、、と言う。
別にすることもなかったので、板を運んだり、押さえていたりと、老人の指示に従ってお手伝いをした。作業が終わると老人は「君のおかげで助かったよ、ありがとう」と言って、大工道具を片付けて1階の方へ降りて行った。

会議室に入り、窓から町を見下ろしてみた。
北側は鷺山本通りのバス路線である。その向こうは当時はまだ田園地帯で、美濃国の戦国大名である斎藤道三が、嫡男義龍との戦いで陣を敷いた鷺山城址が見通せた。道三の首を埋めたとされる道三塚は、すぐ目の前である。南側に回ると、そこには高いコンクリートの塀で囲まれた一角があった。拘置所と刑務所である。

しばらく時間をつぶして1階に降りていくと、総務係長が私を呼び止め、「署長が帰ったから挨拶をしてくれ」と言う。署長室の前に立つと緊張した。

気を引き締めて署長室のドアをノックする。

「どうぞ」と声がかかる。
ドアを開けると、、、、、、、、
あの作業をしていた老人が作業衣姿のまま応接セットに座って新聞を読んでいた。

私は、ただ、、、唖然として声も出なかった。

警察署長、ここのトップである。高校で言えば校長であろう。
もっと威厳があって、まだ高校生気分の私には、声をかけるのも恐れ多い存在だと考えていた。
それが、、、あの床板を修理していた、どこにでもいるような老人なのである。

私の脳裏にある署長のイメージと現実のギャップがなかなか埋まらない。

署長は顔を上げて私を見ると、、、
「ああ~、さっきは助かったよ」
「君が今度来てくれるのかね」
「じゃあ、これからもまた手伝いを頼むわ」

コーヒーを入れてもらい、しばらく世間話をした。渓流釣りが好きで、私の故郷へも泊りがけで釣りに入ったというようなことを言う。そういう話を聞くとますます親しみを感じてしまうのであった。

「儂ももう定年なんでね、なんの役にも立たん、せめて庁舎の補修ぐらいはと思ってね」
などと言う。このときの署長の年齢が54歳である。

この署長との付き合いは、わずか1年弱だったが、私の哲学となる教訓を教えてもらった。

まだ私は19歳だったが、高校3年生から吸い始めた煙草が止められなかった。警察署に居て煙草を吸うなどダメと言うのは分かりきっている。それでも吸いたい気持ちを我慢できずに、トイレの個室で隠れて煙草を吸った。

これが、、、運が良かったのか、悪かったのか、、、これは後からわかるのだが、、、隣の個室に署長が入っていたのである。

何日かが過ぎ、私はもう忘れていた。

ある日、また署長の補修作業をしている姿を見つけて手伝った。そのとき、「君は、隠れて煙草を吸ってるだろう」と言われた。ここはシラを切りとおすか、素直に認めるか、、、迷った。しばらく迷った挙句、、、すみません、、と謝った。

「儂は、煙草を吸ったとかどうとかということを問題にはしない」
「ただ、男としての生き方として君に言っておきたい」

「何事もやると決めたら堂々とやれ」
「こそこそと隠れてやるとか、そんな自信のない中途半端な生き方をするな」


煙草が吸いたかったら、みんなの前で堂々と吸えば良い。
誰かが何か言ったら「俺が吸いたいから吸った、何が悪い」と言ってやれば良い。
「未成年が・・・」などと講釈を言うヤツがいたら、「じゃあ逮捕して処分しろ」と言ってやれば良い。

これだけ堂々と開き直られて、処分できる人間などいないもんだ。

これは良い、悪いの問題ではない。
「男の生き方とは、こうあるべきだということ」
「君には、こういう生き方をしてもらいたい」


この署長は定年退職を1ヶ月後に控えた、2月の寒い日、単身赴任中の官舎で急逝してしまった。
人生で100回以上葬儀に参列してきたが、涙が流れたのは、後にも先にもこの署長の葬儀だけだった。


  1. 2017/01/24(火) 21:20:51|
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